🌍オーバーツーリズムと向き合うということ

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――私が旅先で感じた違和感と、小さな願いの話

ここ数年、旅行をするたびに「前とは何かが違う」と感じるようになりました。
旅のワクワクが消えたわけではないのに、
目的地に近づくほど胸の奥に小さなざわつきが生まれるような感覚。

それが、自分の中で“オーバーツーリズム”という言葉に重なっていった瞬間がいくつもありました。

この記事は、ニュースのような統計でも、専門的な解説でもありません。
私自身が旅先で体験した「圧迫感」「申し訳なさ」「違和感」を、
ひとりの旅行者としてそのまま綴った記録
です。

誰かを批判したいわけでもなく、
旅行を控えろと主張したいわけでもありません。

ただ、旅を愛する一人の人間として、
「このままでいいのかな」
「自分にできることってなんだろう」

そんな素朴な問いを、正直に書いてみたいと思います。

◆ あの日感じた“あれ?この町、こんなに混んでいたっけ?”

最初に強烈に違和感を覚えたのは、去年訪れたとある有名観光地でした。

午前8時。
宿を出て人気の神社へ向かったところ、
その時点で既に観光バスが並び、道の両端には旅行者がぎっしり。

「え、朝いちでこんなに…?」

まだ日が柔らかくて街は静かなのに、
人の波だけが妙に熱を帯びているような、そんな感覚でした。

鳥居の周辺は写真を撮る人で溢れ、
お店の前では早くも行列が形成されている。

私は参拝が目的だったのですが、
“人の肩越しに手を合わせる”しかできず、
そのとき何とも言えない空虚さが胸に残りました。

その土地を愛してきた人たちは、
今この光景をどう見ているんだろう。

そう思った瞬間、「ただここにいるだけで迷惑なんじゃないか」という
申し訳なさにも似た気持ちがじんわり湧き上がりました。

◆ “観光客を受け入れる側の疲労感”を初めて知った日

別の町を訪れたとき、
商店街のおばあちゃんが、ぽつりとこんなことを言っていました。

「観光客が来てくれるのは本当にありがたいんだけどね、
やっぱり毎日は大変よ。」

その言葉を聞いた瞬間、
私は胸の奥がどくんと跳ねたような気がしました。

「毎日は大変」
きっとそれが本音なんだろうな、と思ったからです。

この数年、SNSで“人気スポット”と発信されるたびに観光客が押し寄せ、
地元の人がふだんの買い物もままならないほど道路が混雑したり、
生活道路が撮影スポットになったり、
ごみの放置が増えたり、
宿の周辺が深夜まで騒がしくなったり。

そのおばあちゃんは観光地で商売をしている人でしたが、
それでも“疲れ”が声の端々ににじんでいました。

そのとき私は、
観光が地域を盛り上げると同時に、
日常を奪ってしまうこともある
という当たり前の事実を、
自分の体のどこか深い場所で理解した気がしました。

◆ オーバーツーリズムは“観光客 vs 地元”の問題だけじゃない

よくニュースでは、
オーバーツーリズム=「観光客が多すぎて地元住民が困っている」
という構図で語られます。

もちろんそれも現実です。
でも実際に現場に立って感じたことは、
もっと複雑で、もっと静かで、もっと曖昧でした。

たとえばこうです。

  • 観光客は悪気なくマナー違反をしてしまう
  • 地元の人は直接注意できず、溜め込んでしまう
  • 行政は対策するが、追いつかない
  • 事業者は嬉しい反面“混雑の管理”に疲弊する
  • 旅行者同士も、混雑でストレスを感じてしまう

そして気づいたのは、
オーバーツーリズムは“敵”が存在しない問題だということ。

誰もが悪者ではない。
だけど、みんなが少しずつ負担を抱えている。

そんな“誰も悪くないのに誰かが苦しい”状態こそが、
この問題のやっかいなところなんだと身をもって理解しました。

◆ わたしが旅先で気をつけるようになったこと

オーバーツーリズムの問題を知ってから、
私は旅のスタイルを少しずつ変えていきました。

✔ 早朝・夜の時間帯に観光する

初詣のような混雑感が苦手なのもあり、
できるだけ混雑時間を避けるようにしました。

✔ 主要スポットから“1本外れた通り”も歩いてみる

こちらのほうが、静けさや町の息遣いを感じられることが多いです。

✔ 写真を撮るときは、私有地・生活道路かどうか確認

無意識の迷惑を避けるため。

✔ ご飯は観光地の人気店だけでなく、地元の方に愛されるお店にも

その土地に“お金が落ちる循環”を少し意識し始めました。

✔ 宿泊は地域の方針を尊重する

静かなエリアでは夜間騒音に気を遣う、チェックイン時の説明を守るなど。

✔ ゴミの持ち帰りと、飲食店の混雑時間を避ける

ちょっとの工夫で、気持ちよく過ごせる時間が増えました。

◆ 私たち旅行者は、地域の“生活の中にお邪魔している”という意識を持ちたい

観光地は“旅人のためのテーマパーク”ではありません。

そこには生活があり、日常があり、守りたい静けさがあります。
これは当たり前のことなのに、実際に現場に行くと忘れがちです。

特にここ数年は、
SNSで“一瞬の映える景色”が切り取られ、
その裏にある生活が見えなくなってしまう場面が増えました。

でも、旅行って本来、
その土地の人たちの「日常の延長線上」に立たせてもらう行為なんですよね。

この感覚を少しでも多くの人が持てれば、
オーバーツーリズムは“完全に消えない問題”だとしても、
少しずつやわらかくできるのではないかと思うのです。

◆ 旅行者のマナーを問いつつ、同時に「地域側の仕組みづくり」も必要

ただし、旅行者のマナーだけに責任を押しつけるのも違うと感じます。

訪れる人が増えるのは悪いことではなく、
むしろ地域に新しい循環を生む良いチャンス。

だからこそ、
受け入れ体制を整えることも同じくらい大事です。

  • 一方通行の導線づくり
  • 予約制、人数制限
  • 写真スポットの明確化
  • 観光税の活用
  • 住民と観光客を繋ぐ情報発信
  • バスや交通の整理
  • 繁忙期と閑散期のバランス調整

今はようやく、旅行者と地域が“歩み寄る仕組み”が整い始めた時代だとも感じます。


◆ 旅を愛する全ての人へ

オーバーツーリズムは、
ときに旅の楽しさを奪い、
ときに地域の静けさを奪い、
ときにお互いを責めたくなる気持ちを生みます。

でも、旅を愛する気持ちは誰も変わりません。

私はこれからも旅を続けます。
ただ、少しだけ歩くルートを変えたり、
時間の使い方を工夫したりしながら。

その小さな選択の積み重ねが、
「お互いに気持ちよく旅ができる未来」につながると信じているからです。

そしてこの記事が、
これから旅に出る誰かの
小さなヒントや気づきになれば嬉しいです。

旅は、世界の美しさと、人の温かさを知るための行為。
その喜びを、これからも守っていきたいと思います。